2012年5月7日月曜日

病気に負けないためのART


志知 均(しち ひとし)
20124

バクテリアで感染する身体の各部分


ヒトのからだは60兆の細胞からできているが少なくともその10倍の細菌(バクテリア、黴、酵母菌など)が身体の内外に寄生している。消化器官や皮膚に寄生するおびただしい数の細菌は毎日糞として放出されたり、皮膚片と一緒に振り落とされたりするが、いっぽうそれに相当する数の細菌が増殖している。ひと言で云えば、ヒトのからだは細菌の培養器である。これらの寄生菌のほとんどは無害(あるものは有益)な細菌であるが、健康なヒトには無害でも抵抗力の低いヒトには有害菌になるものもある。有害菌が感染すると、からだは疲労感、発熱、咳、痛み、下痢、不眠などの危険信号を発する。しかし『頭脳』のほうがそれを無視し続けると、これらの症状が悪化し、更に体重や血圧の変化、息切れなどが顕著になりからだは本格的な病気になる。

病菌に感染しないためには、当然、病菌との接触を避ける(Avoidance)のがよいが、感染が起きた場合には、からだはまず抵抗(Resistance)する。それでも病菌に居つかれた場合にはその菌に対する耐性(Tolerance)を示すようになる。病菌に対してからだが反応するこの三つのこと(A.R.T.)『頭脳』が判ってくれれば我々は病気に対してもっと強くなると思うので、それについて最近発表された論文(Medzhitov, R et al. Science 335:936; 2012)などを参考にしてA.R.T.について簡単に説明しよう。

Avoidance:

ヒトが集まる場所や建物

身体は視覚、臭覚などで本能的に汚いもの、健康に悪いものを感知して避ける。動物の死骸、腐敗した食物、不快な体臭を放つヒトや動物など。しかし視覚臭覚で異状が認められないものにも多量の細菌が取り付いている。最近、ヒトが集まる建物(学校、病院、デパートなど)から採集した細菌サンプルをDNA解析して細菌の種類を同定する研究が注目されている。それによると、ドアの取手椅子の表面などヒトが触る場所には皮膚寄生菌が密着しており、便器洗面台には腸内菌や泌尿器寄生菌が多数付着している。これらの菌は空中にも飛散し、通風孔のフィルターにはごみと一緒に固まっている。つまり建物全体にひろがっている。免疫力の弱い老人子供は、人ごみから帰宅したら、うがいして、シャワーで頭髪を含めて全身を洗い衣服もとりかえるのが最善であろう。帰宅して手も洗わないでなにか食べるのは細菌(病菌も含めて)を食べるのにひとしい。

Resistance:

顕微鏡下で見る病菌
身体が示す病菌に対する抵抗性の役割は、免疫系を使って病菌の数を減らすことにある。病菌を殺すのは好ましいが、免疫細胞が活発になりすぎると、感染菌だけでなく身体の細胞も殺すので組織の破壊をもたらす。肝臓や皮膚など再生が早い組織ではそれほどではないが、大脳、神経組織、心臓など再生能力が低い器官では組織破壊は深刻な問題になる。従って、身体が抵抗段階にある時には抗生物質投与で病菌の増殖を阻害し、免疫細胞の働きを助けるのが有効な治療になる。

Tolerance:


抵抗性と違って耐性は病菌を殺して数を減らすことより、身体の組織の破壊を最小限にすることを重点とする。病菌の数が増えないで組織破壊もあまりないようにできれば、その状態は共生(Symbiosis)に近くなる。事実、健康なヒトで病菌(結核菌など)の寄生があっても発病しないケースは多い。抵抗状態を保つには、栄養補給、運動などで体力を増進し、いっぽう病菌が増えるのを薬でほどほどにコントロールするのが有効になる。身体は遺伝子変異で遺伝病になっても、それをの病気に対する抵抗性に使っているケースがある。

ヘモグロビン
  よく知られている例は、鎌形赤血球貧血症(Sickle cell anemia)変異ヘモグロビンが酸素圧が低くなると凝集し赤血球を鎌のような形にして破壊するので貧血症になる。ところがこの遺伝病をもつ患者は、正常ヘモグロビンをもつヒトよりマラリアに対して抵抗性が高い。マラリア原虫(Plasmodium)は正常人にも患者にも感染して赤血球からヘモグロビンを流出させるが、患者では変異ヘモグロビンが早く壊れるので組織破壊が少ない。すなわちマラリア原虫に対し抵抗性がある。最近の研究で変異ヘモグロビンが早く壊れるのはヘモグロビン(の赤い色素)をこわす酵素(Heme oxygenase-1, HO-1)の活性が患者では高くなっているからと判った

  興味あることに、HO-1は活性酸素などの酸化的ストレスで誘導合成される酵素で、このようにストレスによって合成が誘導される酵素や蛋白質が、病菌に対する抵抗性を高め組織の破壊を防ぐ現象は広くみられるようである。これが、病気抵抗性を高めるためには生活にある程度のストレス(特に軽い運動による酸化的ストレス)が必要であるといわれる理由かもしれない。

  身体の反応A.R.T.は非感染病にも当てはまる。たとえば、発ガンを病菌感染のように考えればガン細胞ができやすいような生活習慣(煙草、酒の呑みすぎ、麻薬の常習など)や有毒な環境因子(殺虫剤、除草剤、紫外線、排気ガス)との接触はできるだけ避けようとするだろう。増殖の早いガン細胞は外科手術で摘出するとしても、増殖が遅いタイプのガンの場合は抗ガン剤や放射線でたたき過ぎないで、組織の破壊を最小限にして免疫細胞による抵抗性を助けるのが望ましい。特に高年の患者の場合にはその考慮が必要である。実際、高年者の前立腺ガンでは手術をしないでガン細胞と共生する耐性維持の治療をするケースが増えている。

   内容に少し判りにくいところがあったかもしれないが、この小文の趣旨は判ってもらえたと思う。感染病であれ、内因性疾患であれ、異状があれば身体は必ず何らかの危険信号を出す。それに早く気づいてすぐに適当な処置をとるのが賢明な健康管理法である。

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