2010年12月24日金曜日

人魚にされた聖母マリア

[ 編集註:クレッシュ(crèche)の語源はフランス語で『キリスト生誕の情景』を指し、後に『託児所』『保育所』さらに『孤児院』などの意味にも使うようになった。しかしこの場合は、『キリストが生誕した馬小屋』の情景、置物、絵画だけに止めておく。

また、メイジャイ(Magi)は、キリスト降誕を祝しに東方から来た三人の賢者。]


モゥリィン・ダウド(Maureen Dowd)
12月21日付け、NYTの随筆から

ワシントン発:去年のクリスマス、私はあることでびっくりさせられた。

私の兄、ケヴィン(Kevin)クレッシュの数々を収集していることを知ったからである。それらは、暖炉の上に、食卓に、カウンターに、芝生に、押し入れに、など家の内外至る所に全部で17個が置かれていた。その中には、私たちが子供だった頃、母が暖炉の上に飾っていたささやかなプラスチック製の『馬小屋』も混じっていた。


それらを見て私はひどく混乱してしまった。セールスマンである私の兄ケヴィンは、異教徒や一般的な祝日行事に抵抗を感じている『クリスマス』という名に狂信的な信奉者だったことは知っていた。


私は十代の頃、怪奇小説『ガラスの動物たち(The Glass Menagerie)』を読んで恐怖心にかられた記憶のせいかも知れない。でも本やレコードの話は別にして、人形や動物の置物は何やらうす気味が悪い。私の姉が集めていた道化師やドンキホーテは見るのも嫌だった。年長の従姉妹が収集していた陶製の赤ん坊などに至っては吐き気をもうよおした。

兄のケヴィンが、何だってクレッシュを大事にしているのか気が知れない。多分、死んだ母を偲んでいるのかも。それとも、育った頃に通った教会に忠実な思い出があるのかも知れない。

兄が子供だった頃、羊飼いのセント・ジョセフ(St. Josephs)三人の賢者たちを活劇の登場人物と見立てていたようだ。ケヴィンに言わせると「羊飼いは羊を戦いの武器にしていたのさ」と面白そうに笑う。


それと思い出すのは、ある年、前庭に飾ってあった生誕シーンから羊飼いのセント・ジョセフの人形が盗まれ、兄は「なんでキリストの養父が新約聖書から突然姿を消しちまったんだ」とブツクサ腹を立てていたことがあった。


あの時の埋め合わせにセント・ジョセフを家中に飾り立て、おまけに3人の息子たちをセント・ジョセフという名の大学へ入学させたのだろうか?(下の写真はインド製、金属とライン石を使っている。)


またある11月の週末、兄はニューヘィブン(New Haven:コネチカット州)で開かれるクレッシュ友の会(the Friends of the Crèche)』の年次総会に招待されているけど、お前も一緒に行かないか、と誘われた。私は、世の中にそれほどの生誕の馬小屋マニアがいるのかと奇妙に思いながらもついて行った。

ナイト・オブ・コロンバス(the Knights of Columbus)に展示されたクレッシュの数々を観覧中、私たちは大勢の収集家たちに出会った。そのクレッシュの数は300、あるいは600点もあったであろうか、殆どが家を建て増して馬小屋のようなもを展示していた。

ケヴィンは展示を見ながら、自分の収集がたった17点というのに引け目を感じ始めていたようだ。


ケンタッキー州オウエンスボーロー(Owensboro)から来たというボニー・サネスティル(Bonnie Psanenstiel)という体格の良い52才の看護婦が私に話したところによると、彼女のクレッシュ収集は500点余り、それを納めた一部屋を生誕の祈祷室と名付けていながら「私は余り信心深くありません」と言っていた。


ボニーの最初の収集は、オリーブからの手彫りで、高校時代に、子守りや掃除婦のアルバイトをしながらモロッコで4年間過ごしていた時に手に入れたものだそうだ。

彼女が一番心に深く残っているクレッシュは、ボランティアとして婦女暴行の犠牲者の援助指導を手伝っていた時、担当していた女性から頂いたものだそうだ。「私とその女性はミシシッピー川を眺めながら、ただ世間話をしていたのです。その間、その女性はゆっくりと足下の粘土をすくい取っては人形を作り始めました。最後にクレッシュにまとめて私にくれたのです」と、思い出しながら涙を浮かべていた。(上の写真はエピソードとは関係ないエスキモー判、粘土製)

ボニーは、生誕新生に通じると信じている。


(この後、神父を含む収集家数人とのインタビューが述べられているが、省略)

私はこうした狂信者(強信者?)たちに歯向かって論争する気はなくなった。その挙げ句に私は、ケープ・コッド(Cape Cod)クレッシュを買い求めた。それはマサチューセッツ州サウス・チャザム(South Chatham)から来たナザニエル・ウオーデル(Nathaniel Wordell)が創ったもので、聖母マリアは人魚、赤子のキリストは縞模様のビーチ・タオルに包まれ、三賢者はカニ、ワニ、それにタツノオトシゴ。その他の家畜はカエル、カメ、ヒトデなどとなっている。(上の写真)

残念ながら、私の買い物で兄との信条の違和感を縮めることはできなかった。不快そうな面持ちで私のクレッシュを眺めていたケヴィン「聖母マリアに尻尾をつけるなんて、神を汚すにもほどがある。」

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