2010年11月22日月曜日

甲州ワイン、世界市場への道


コーリィ・ブラウン(Corie Brown)
2010年10月26日付け、NYTの記事から
写真撮影:ササキ・コウ


山梨県発

(註:甲州とは即ち封建時代の甲斐の国、現在の山梨県を中心とした地域。)

日本人がワインを造り始めてから可成りの年月が経つ。日本産のワインは、特に甲州ブドウから醸造された甘口のせいか、外人の舌に合わないようだ。だが、東京に駐在するワイン輸入業者のアーネスト・シンガー(Ernest Singer 下右の写真)は、甲州ワインが世界で高級白ワインの銘柄の一つとして、認められる価値があると信じている。


シンガー甲州ワインに魅かれたのは、ドライな白ワインを試飲していた10年前に遡る。軽くピリッとして柑橘(かんきつ)類に似た香りを含むその味わいは、伝統的な日本料理にぴったり合い、東洋産のワインとして国際的に認められるべきだと彼は信じている。

地方産のブドウ園で栽培されたブドウから造られたワインと、フランスから取り寄せたワインとで、シンガーは自分用の特製ワインをあれこれと味わってみた結果、甲州ワインの可能性を見出した。現在彼は、家族代々ワイン醸造を営んでいる人々に呼びかけ、世界市場に出しても引け目のない甲州ワインを完成させるべく、その一番乗りを目指して研鑽している。


シンガーによると「日本人は、本格的なワインを造る能力があります。問題は、彼らがその目的を達成するために、本場の醸造法を学び、従来のワイン造りの方法から脱却する気があるか、それとも今まで通りの安ワイン造りに固執していたいかどうか決め兼ねています」とのことだ。


シンガーは更に「良いことには、私が励ました結果、少数ですがやる気のある若いワイン醸造者が台頭していることです」と言う。それについては甲州ワイン醸造のリーダーで、シンガーにとっては商売仇とも言うべきグレース・ワイン(Grace Wine)の社長ミサワ・シゲカズも一目をおき「シンガーさんが励まさなかったら、誰も甲州ワインを輸出しようなんて考えていませんでした」と期待している。(左の写真:甲州ブドウ園)

日本人がヨーロッパやカリフォルニア・ワインの存在に目を向けるようになった1970年代は経済的な絶頂期であり、以来人々は輸入ワインに傾倒し、国産ワインの人気は落ちていった。1990年代の半ばには、ほんの僅かな甲州ワイン醸造家だけが品質の向上に励んでいただけだった。


日本人の中で高級ワインを求めるワイン通は、過去150年の間に甲州ワインが辿ってきた道を訝しんでいる。甲州ブドウは酸味があるのが特長。栽培者は傷んだり、腐った実は取り除き、ワイン醸造の過程で多量の砂糖を投入する。


日本の気候は夏から秋にかけて雨が多いので、一般的にブドウの生育には適していないが、甲州ブドウには向いているようだ。腐敗に対する抵抗力が強く、成熟が遅く、天然の酸味を確保している。前述のミサワ社長は、砂糖味の強いワインを拒否した最初の日本人醸造家である。「私はグレース・ワインの4代目です。甲州ワインは当社の製品の3分の2を占めています。だからその品質を向上させる必要があるのです」と力説した。

日本のワイン醸造家たちがヨーロッパやオーストラリアを視察旅行し、西欧的なワイン醸造法を学んできたが、その実現は緩慢で一向に捗っていない。乾燥地帯での醸造法をそのまま日本では適用できないからだ。また、国外では『甲州ワイン』の名は全く知られていないにも拘らず、甲州ブドウの質は、世界で人気のあるワインの醸造に使われている品種不詳の野生ブドウであるヴィタス・ヴィニフェラ(vitis vinifera)を交配した改良品種と同質である。(カリフォルニア大学、DNA研究所の調査に基づく)


甲州ワインの傍系であるシャトウ・ルミエール(Chateau Lumiere)の醸造家オヤマダ・コウキ「ここでワイン造りを修得した我々新しい世代は、新しい醸造法の開拓者です。私たちは、お互いに助け合い、討論し合い、良い方法を探り、品質を高めています」と語る。(右の写真:シャトウ・ルミエールのキダ・シゲキ(左)とオヤマダ・コウキ)

シンガーは初めてドライな甲州ワインを試飲したあと、思い切ってフランスへ飛び、ボルドウ大学のデニス・ヂュボウディウ教授(Denis Dubourdieu)を訪れ、ミサワの醸造所でできた4醸造期(2004年〜2007年)のワインを試飲してもらった。そのワインを造るに当たってシンガーは、原料であるブドウを間断なく供給するために中部地方の3県にまたがるブドウ園用の土地を借りた。現在では9社のブドウ園がその広大な土地でブドウを栽培している。


シンガー甲州ワインに対する確信は、ワイン批評家のロバート・パーカー(Robert M. Parker Jr. )に支えられている面が大きい。1998年にパーカーシンガーをアジア地域の営業代表として雇って以来、両者は密接に協力し合ってきた。2004年12月、シンガーが持ち帰ったグレース醸造所の2004年物甲州ワインパーカーは試飲し、100点満点の88点の評価を与えた。パーカーの感想は学ぶべき味わいということだった。


醸造初期のワインは従来の格子棚上で育ったブドウから造られたものだった。その棚上で生育するブドウの蔓は八方へ20メートル近くも伸びていった。シンガーがブドウ造りに関わるようになってから、ブドウの立ち木の間隔を狭くし、四方に整然と並べ、新芽が上に向かって伸びるようにした。これはヨーロッパやアメリカで実施している方法であって、ブドウは小粒になるが、味覚が凝縮して高級ワインを造るのに適しているからである。

こうしてシンガーのワイン造りの基礎が固められた所でヂュボウディウ教授の勧告に従い、従来の甲州ワインが必要としていた『砂糖』を除去した。また、苦みの強いブドウの表皮を加工前に取り除いた。その結果著しくドライになりアルコール分が減った。


こうしてできたワインは春に瓶詰めし、新鮮な内に販売された。


この単純な味わいのワインを、複雑な味わいに傾いていた批評家のパーカーが高く評価したのは意外だった。同時に彼が10.5パーセントという低いアルコール分の甲州ワインに印象付けられたことも意外だった。


ボルドウ(Bordeaux)の醸造家ベルナルド・マグレツ(Bernard Magrez)は、勝沼醸造所製の甲州ワインを少量だけ欧米に配給している。だが同醸造所のヒラヤマ・ヨウキ所長は、欧米での販売量を増やすことより、アジア向けの輸出に重点をおいている。理由は「アジア製のワインはアジア人の食べ物に合います。抑えた味のワインなら繊細な味の料理を損なうことはありません」ということだ。


批評家パーカー甲州ワインを高く評価したが、世界のワイン市場は単純に受け入れそうもない。

一方で日本の醸造家たちはそれぞれに研鑽を重ねている。醸造用の樽をカシの木で造ったもので試したり、アルコール分を増減したり、発酵前に砂糖を加えたり、様々な工夫を加え、その結果様々な味わいのワインが生まれているようだ。


シンガー、勝沼醸造、甲州オブ・ジャパン、いずれも100パーセント国産ブドウを使用しているが、規制によると、ブドウの産地は限定されておらず、たった5パーセントの国産ワインが国産のブドウを使っているに過ぎない。


飲み手の側として、先ず日本人の消費者は、まだ高価な国産高級ワインの価値を認める段階に至っていないようだ。

ロサンゼルス、プロヴィデンス(Providence)でレストランを経営しているシェフ、マイケル・シマルスティ(Michael Cimarusti)は最近日本を訪ね、勝沼醸造甲州ワインを試飲してすっかり気に入り、店の高級ワイン・メニューに加えて意気込んでいる。


だがニューヨークでシンガーの甲州ワインを輸入しているロバート・ハーメリン(Robert Harmelin)「誰も知らない甲州ワインを、高価なワイン・リストに加えても売れるかどうか疑問です」と悲観的だ。


シンガー「もう少し時間がかかる。私が日本に50年も住んでいたことを考えてごらんなさい。甲州ワインが世界で珍重される時が必ず来ますと自信のほどを示している。

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甲州ワインの購入法(アメリカまたはイギリス在住の方に限る)
  • For Ernest Singer’s Cuvée Denis Dubourdieu, $16 to $18, contact Robert Harmelin at Allied Beverage: robert.harmelin@alliedbeverage.com, (856) 234-4111.
  • For Katsunuma Jyozo’s koshu wines, $45 to $70, contact Toshio Ueno at Mutual Trading Company, toshio.ueno@lamtc.com, (213) 626-9458.
  • The wines of Koshu of Japan are not now available in the United States. To find out when they will be, contact Lynne Sherriff at lynne@lynnesherriffmw.com or at 61 Albert Drive, London, England, SW19 6LB; (44-20) 87802937.

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

ワインと一口に言っても、それこそピンからキリまで。数年前にフランスのワインを差し置いて大賞を獲得したカリフォルニア。ワインは、一瓶たったの1ドル99セント。一瓶50ドル以上もするワインとどこが違うのかシロートには判りません。
まさに嗜好品ですね。