2010年6月29日火曜日

臭いモノには右翼が蓋(ふた)を

(写真は、国粋右翼団体が『ザ、コーヴ(The Cove)』の上映中止を要求するデモ)

『ザ、コーヴ』を上映中止に追い込んだ圧力

たぶち・ひろ子
6月18日付け;ニューヨーク・タイムズ紙に掲載

横浜発:日本でのイルカ漁を取材撮影し、アカデミー賞を受賞した記録映画『ザ、コーヴ(The Cove)』が日本で上映されることは当然のように考えられていたが、今のところ配給元は一館の上映劇場も見付からない状態にある。

日本では、国粋主義者の一翼であるニシムラ・シュウヘイとその同志が譲らない限り、上映は不能の状態だ。


この国では、近代的民主国家という表向きとは裏腹に、極右翼団体の暴力行為、スピーカーで怒鳴り散らすラリー、ネット上での中傷宣伝、脅迫めいた電話、などの常套手段を駆使し、劇場や映画館を震え上がらせ、記録映画『ザ、コーヴ』を上映中止に追い込んだ。理由は映画の内容がイルカ漁に焦点を当てていることだけでなく、イルカに水銀含有量が多いと指摘するなど、魚料理を好む日本人にとって『好ましからざる』影響を与える、としている。


これは、一般市民が賛否両論を討議する際、たった1万人そこそこでしかいない日本では少数派の右翼が頑固な横やりを通してしまうという、いかにも殺風景な一例である。
他の分野でも、日本の皇室をはじめ、少数外人の人権問題、アジアの一部を侵略占領した一世紀前、太平洋戦争での役割りを果たした国家などの過去を通じて、組織暴力団最右翼と常に緊密な関係を結び、さまざまな面で大衆の意見を効果的に封じ込めてきた。

ニシムラを長とする君主統治復権会(『Society for the Restoration of Sovereignty』の再訳)のような団体は、一握りの主導者によって運営され、クジライルカ漁を海洋生物保護の立場から制限または禁止しようとする国際社会の批判に対立する態勢を取っている。その主張を喧伝する数々のラリーで、団体の会員はイルカ漁は日本の誇りある伝統であるとして、西欧人の誹謗に対抗すべく『ザ、コーヴ』の上映中止を目標に掲げた。


「もしお前達(映画館主)が日本の国を誇りに思っているなら、この映画を上映するな」と、ニシムラ横浜ニュー・シアターの前でラウドスピーカーを使って呼びかける。約50人の会員がその言葉に和してプラカードや日の丸の旗を振りかざし「お前達は日本人の魂を毒するつもりか?」


記録映画『ザ、コーヴ』の画面に映る和歌山県太地村(たいぢむら:左の地図参照)でのイルカ漁の光景は、おおむね隠し撮りによるものである。テレビのシリーズ番組フリッパー(Flipper)』のためにイルカを調教したリック・オバリィ(Ric O’Barry)に同調する海洋生物保護の運動家たちは、人里離れた入江(ザ、コーヴ)で、殺伐なイルカ漁を目撃した。数頭を除いた残りのイルカは銛(もり)で刺し殺され、入江の海水はその血潮で真っ赤に染まった。

運動家たちが告発する『殺戮』の実態は、選ばれたイルカは水族館に売られ、殺されたイルカの体内には基準を超えた水銀含有量を示し、その肉が近隣の市場へ卸されているとのことである。

産業としての捕鯨は、1980年代の半ばから国際的に禁止され違法と見なされるようになった。しかし、その法規はイルカのような小型の哺乳動物には適用されていなかった。漁業庁( the Fisheries Agencyの再訳)の統計によると、日本では、年間約1万3千頭のイルカが捕獲されているということだ。その内約1千750頭が太地町で捕獲されたものである。それらはボトルノーズ(bottle-nose dolphin)という種類で、今のところ不幸にして絶滅危険種には指定されていない。


この映画は、アメリカでも騒がれたが日本でのそれと些か趣きを異にしていた。映画の受賞はさておいて、偶然、同時期にカリフォルニア州サンタ・モニカ(Santa Monica)の日本料理店が絶滅の保護種に指定されていたクジラの肉をメニューに載せていたことで摘発された。店主は謝罪すると同時に自主的に閉店した。さしづめ彼は責任を重く感じて『切腹』したことになるようだ。


言論の自由を支持する人々は劇場映画館に、右翼の圧迫に怖れずルイ・シホヨス(Louie Psihoyos)製作記録映画
『ザ、 コーヴ』を上映するよう呼びかけている。多くの日本人はイルカ漁が国内で行われていることすら知らない。いわんや、イルカ肉を食べるなど考えてもみたことのない人々が大半である。知識人たちは、今こそ一般大衆がイルカ漁の是非を討論する時である、と言っている。

少数の番外ビジネスが右翼の圧力に抵抗している。インターネット・サービス会社ニワンゴ(Niwango)がネット上で無料公開し、2千人が見たということだ。

6月の初め、ニシムラの団体がウェブサイトで上映反対の警告を発した後で東京中心地の2館の前でデモをかけ、3館が上映を中止し、他の23館がいずれにするか考慮中とある。目下、どこでも上映していない。

横浜ニュー・シアターの管理人ハセガワ・ヨシユキ「勿論私は(圧力に屈するのは)不愉快です。でも近隣の人々への影響を考えたら、、、」と映画の上映を無期延期とした。


同映画が、日本でヒットする作品になるとは評価されてはいなかったが、企画者たちは今上映不可能になるのではなかろうかと嘆いている。配給元のカトウ・タケシ社長「私がこの映画を試写会で見た瞬間、これは日本人が是非観る必要があり、深く考えさせられる問題だと直感し、映画人としての使命を感じました」と告白している。

2年前、国粋主義者たちが抗議を唱えて上演中止にこぎ着けた映画があった。中国人の映画製作者が作った記録映画『やすくに(the Yasukuni:靖国神社)』だった。論争の的は『国のために』戦争で死んで靖国神社に祀られた人の中に戦争犯罪人が含まれていたこと、南京虐殺の事実を認めるか認めないか、などに集中した。


作家で映画監督でもあり、右翼の活動や、それに易々と屈した劇場側を公けに批判するモリ・タツヤ「誰もが(右翼を)すっかり怖れています。日本人は直ぐに『最悪の事態』を予想する傾向があります。でも、相手がごく一部の少数だってことを忘れているのです」と言い切る。


大衆の恐怖は、その昔一時期の暴力時代に根ざし、それが一部の異常なできごとでも全国民の胸中に深く刻み込まれているようだ。1960年(昭和35年)社会党の浅沼稲次郎右翼青年に短刀で刺し殺された事件があり(右の写真)、その一年後、皇室家族のあり方を皮肉った記事を発表した中央公論の社長が襲撃されたことがある。

2006年には、時の首相小泉純一郎が靖国神社を参拝してことを批判した一国会議員の家が、右翼の一人に放火され焼失した。同年、天皇の靖国神社に関する思いを記事にした日経新聞の社屋に、右翼団体が火焔爆弾を投げ込んだ。


こうして右翼団体の最近のキャンペーンが前述した上映妨害なのだが、一方、ニュース媒体が上映困難を報道するに従って、大衆の『映画』への興味あるいは好奇心が日毎に上昇していった。先週、言論の自由を守る団体が主催した一回限りの『ザ、コーヴ』上映、という会場に700人以上の観客が長蛇の列を作った。約100名が、満員札止めで入場できなかった。


観客の一人、埼玉から来た53才のイイジマ・タマキ「映画を見られてよかった。私たちが『臭いモノに蓋』をする社会に生きていることが判りました。それ(臭いモノ)を知ることは、大きな第一歩です」と感慨を洩らしていた。

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