2010年4月7日水曜日

自分を閉じ込める子供たち

急増する幼児自閉症は深刻な社会問題だ

志知 均
(しち ひとし)2010年4月


この4月は
自閉症への一般の関心を高める運動月間(First National Autism awareness Month)。と聞いても知らない人のほうが多いだろう。自閉症の子供をもつ親とか親族でなければ伝染病でもない自閉症に特に関心をもたないのは当然かもしれない。だからこそ運動月間を指定する必要があるのだが。

無口、社交下手、他人と目をあわせられない、会話ができない、体に触られたくない、何が欲しいかはっきり言えない、、、これらは自閉症の症状の一部である。おや、こんな症状は普通の日本人に見られるのと同じではないか!と驚く方もいるかもしれない。たしかに日本人の民族性にはオタク人間で代表されるような、内気、引きこもりの面があるが、それだけで日本人全体を自閉症とは言わない。では自閉症とはなんだろう?

自閉症は症状が多様なので自閉症スペクトル(Autism spectrum disorders)と呼ばれる。社会性や言葉のコミュニケーション、運動機能などの発達障害で3才ぐらいから症状が表われる。アメリカでは新生児110人の内一人が自閉症で、成人も含めれば100万〜150万人が自閉症と診断されている。自閉症が最近とくに注目されるようになったのは、精神発育障害の内で自閉症の増え方が最も著しく、年々10〜17%増加しており、まさに流行病の様相を示しているからだ。自閉症治療の費用は現在600億ドル(約6兆円)、10年後には2000億〜4000億ドル(約20兆〜40兆円)に上ると予想されている。ほとんどの健康保険会社が医療費をカバーしないので、自閉症の子供をもつ親の経済的な負担はたいへんなものである。日本でも軽度の自閉症であるアスペルガー症候群(Asperger’s syndrome)を入れれば自閉症の患者の数は120万にも達するようでアメリカと大差ない。


自閉症の原因について、アンドリュー・ウエークフィールド(Andrew Wakefield、イギリスの消化器系専門医;右の写真)のグループが1998年にMMR[ハシカ(Measles)、オタフク風邪(Mumps)、風疹(Rubella)]ワクチンの接種が自閉症を惹き起こす原因だとする説を医学誌ランセット(Lancet)に発表した。新生児がワクチン接種を受ける3才頃が自閉症の徴候があらわれる時期と一致するため、この論文は新生児を持つ親達の間にワクチン恐怖の嵐を引き起こした。ウエークフィールドの論文には研究方法、その他に問題があり、また、ほかの研究者達の追試ではMMRワクチン自閉症発症との関連は証明できないので、ランセット誌は、最近ウエークフィールドの論文を撤回している。

MMRワクチンの安全性は確認されているのにワクチンを受けない幼児が増えるのは公衆衛生の見地からは深刻な問題である。にもかかわらず、幼児のワクチン接種に反対する人たちが相変わらず多数いるのは困ったものだ。その一人がジェニー・マッカーシー(Jenny McCarthy:Playboy誌のモデルからMTVのゲームショーや二流映画に出て『有名人』になった女性左の写真)ジェニーは自分の息子が自閉症になったことでその治療に関する運動をしている。その意義は認められるが新生児の親達にMMRワクチン恐怖を煽っているのはよくない。

自閉症の発症要因はよく判っていないが、遺伝因子と環境因子の両方が関係するのであろう。自閉症遺伝子でDNAレベルで同定されたものはないが、先天性脳機能障害など形質の遺伝が明らかなタイプは色々ある。自閉症の子供の大脳皮質にある皺(しわ)の構造は自閉症でない子供のそれと違っている。(右の写真は脳波の検査と、脳のレントゲン写真)その違いには環境因子が関係している可能性があり、妊娠中に母親が摂取した食物、飲料、薬物などに含まれている成分や、乳幼児の授乳に使うプラスチック哺乳瓶に含まれている物質[バイフェノールA(Biphenol A)、フタール酸(Phthalates)]などの胎児、新生児の脳の発育に対する影響が注目されている。MMRワクチン説は否定されたが免疫の関与がまったく無いとはいえない。小麦、牛乳、トウモロコシ、砂糖、柑橘類などに対するアレルギーが自閉症の発症と関係があるとする報告があり更に詳しい研究が必要だ。

自閉症は早期発見と、いろいろ治療を試みる間に閉ざされた心が『外界』とコミュニケーションできる糸口(Breakthrough)を見つけることが重要である。2008年2月にABC Newsが13才の自閉症少女カーリー・フライシマン(Carly Fleischman)Breakthroughケースを報道して話題になった。(上述の部分か左の写真をクリックすると、報道の動画がご覧になれます。)カーリーはコンピューターのキーの使い方を覚えたのがきっかけとなり、文章の書き方を習い、親や友達に盛んにメッセージを送り始めた。そのメッセージによって周りの人たちはカーリーの心の中が判るようになった。

「自分は感じていること、考えていることを口では表現できないが、決して知能が低いわけではない」、「手足を間断なく動かしたり、奇声をあげたりするのは手足を蟻が這い上がってくる感じがするから」、「両親の深い愛情には感謝している」などのメッセージは多くの人を感動させた。この少女はこれで自閉症が治ったわけではないが将来への希望がもたれる。社会の理解と援助、家族の愛情、本人の努力があれば自閉症は不治の病ではない。


自閉症を克服した一人、テンプル・グランディン(Temple Grandin)の話を知っている方々もあるであろう。この女性は自閉症にもかかわらず、世話をしてくれた人たちの愛情と本人の努力で大学、大学院教育を終了し、現在、多方面で活躍している[詳しくは、ここをクリック。『Emergence: Labeled Autistic』by Temple Grandin, Ph.D. and Margaret M. Scariano, 1986;『我、自閉症に生れて』カニンガム久子訳、1994年、学習研究社]

自閉症の子供達やその家族へのみなさんの理解と関心が少しでも高まることを願ってこの小文を終わる。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

筆者が言う、社会の理解と援助、家族の愛情、本人の努力、、、があってこそ、自閉症の回復に希望が持てるのです。