2010年3月8日月曜日

回収されなかったトヨタ車

はじめに、誤った観念2題

アメリカで、あるトヨタ車のアクセルが運転者の意志に反して加速し、高速で突っ走って転覆、重大な人身事故となった。その詳細はさておいて、この事故が引き金となり、8百万台以上ものトヨタ車が回収され、連日のようにその成り行きがマスメディアで報道され続けている。つい最近、トヨタ自動車の最高幹部たちがアメリカの議会に喚問され、トヨタ三代目の会長が公けに謝罪する羽目に陥った。
その間に、誤って植え付けられた観念が二つ浮上した。

その1:数日前、BBCテレビのニュース解説で、日本の『自動車経済専門家と称する日本人の男性を招き、彼の観測を聞いていた。かの『専門家』は、訥々と事態の深刻さを語り、最後に「この回収事件は、アメリカの『自動車会社を運営する政府』が産業を蘇生させるため、トヨタを没落させて、アメリカ車が売れるように企んだ陰謀である」と言明した。それを聞いていた私は開いた口が塞がらなかった。もしこんな解釈を一般の日本人が同感しているとしたら大変な間違いである。
確かに、アメリカ政府は一年前、ビッグ・スリーの会長達の懇願に応えて、膨大な金を貸した。しかしオバマ政権は、貸した金は返してもらう約束は交わしたが、自動車会社の運営に首を突っ込む意志は全くない。内外共に多難を抱え過ぎているからでもある。

その2:私の友人数人が、トヨタのプリウス(左の写真)を愛用している。私はその一人に「貴女のプリウスの具合は如何ですか?」と尋ねたら「私のプリウスはメイド・イン・ジャパンだから大丈夫」という答えが返ってきた。それを聞いて、なるほど、アメリカ製のトヨタに欠陥があったのかと私は納得したが、やがて、その観念には裏があることを知らされた。

それが、今回ニューヨーク・タイムズに掲載された下記の記事に詳しく説明されていたのである。

アメリカで8百万台以上のトヨタ車を回収:
だが日本では皆無


田淵ひろ子

3月5日付け、東京発

イノウエ・マキコカミイズミ・ヤスコが取材に協力

サカイ・マサコ(64才)夫人が、半年前に起こった事故を振り返ってその顛末を話してくれた。雑踏する交叉点で、彼女が運転するトヨタマークX、ステーション・ワゴン(右はマークXのセダン)が、突然走り出し、強くブレーキを踏んだが片輪になったよう」で、低速ギアに入れ変えたが何の効果もなく、その他できるだけのことをしてみたが、どうにもならなかった。

車はそのまま1000メートルほど突っ走り続け、メルセデス・ベンツとタクシーに衝突してやっと止まった。いずれの運転手も大怪我をし車は大破、自分は首の骨を折ってしまった。事故そのものもゾッ
とする思い出だが、その後始末が驚くべき失望の連続だった。車を購入したディーラーを通してトヨタに苦情を訴えたが、何の反応も返ってこなかった。

また『その筋(警察)の消費者への対応も、トヨタと同じで何もしてくれないばかりか、東京警視庁では、係の警官がサカイ夫人(左の写真)「間違ってアクセルを踏んでしまった」という調書に署名するよう勧告した。当然、彼女は係官に「間違いではない」と主張したが彼は「もしこの調書に署名すれば、破損した車の修理をしてもらえる」と重ねて署名を迫った。彼女はあくまでも拒否した。警官も折れず、彼女の車は警察側で検査を受けることになった。


サカイ夫人によると、日本の消費者権運動は存在するが瀕死の状態で、日本人消費者の苦情は大企業のために握り潰されてしまう。つまり社会構造として、消費者の安全保護より、企業の利害問題の方が優先しているそうだ。


トヨタ車に関する苦情を扱っている東京のタカヤマ・シュンキチ弁護士「日本には昔から『臭いものにはフタ』という消極的な態度があります」と言う。(編集註:『長いものには巻かれろ』という言喭もある)


トヨタ社は、海外市場で8百万台以上もの車を不測の加速や他の欠陥で回収したが、日本国内で販売した車には機構的に何ら問題がない、と主張している。その最中に(アメリカでは)今年の始め、プリウスブレーキに欠陥が問題となり回収された。


自動車評論家たちは、多くの日本の企業は消費者保護政策が手薄な事情を享受している、と観察する。事実、日本全国で自動車の欠陥回収に関する検査官はたった一人しかいない。その一人を制限付きの契約で15人が補助しているだけに過ぎない。


食品産業の場合、2008年に倒産したミート・ホープ(Meat Hope)という加工肉業者は、豚肉、羊肉、トリ肉を混合し、『牛肉と称して売っていた。全て、食品検査官の目の届く範囲内で行われていたのである。


2006年には、パロマという商標の湯沸かし器が、10年間に及ぶガス漏れの欠陥が原因で21人が一酸化炭素中毒で死亡するという事件が警察沙汰になった。当初、パロマ側は、使用者が湯沸かし器の安全装置を破損したのだ、と主張していたが:最終的に器械の欠陥を認めた。しかも会社の首脳部は10年以上も欠陥の可能性を承知していたということだ。目下、同社の幹部は「責任を怠った」罪状で、来る5月に下る法廷の判決を待っている。


さて自動車だが、1960年代から1970年代にかけて急速に発展した自動車メーカーと相俟って急増した自動車オーナーの間で事故死が頻発した。そうした中で、欠陥車が原因だった被害者たちの総意に基ずき、幾つかの消費者運動が生まれた。最も活動的だったのが元日産自動車の技術者、マツダ・フミオ(右の写真)が主導する日本自動車消費者連盟( the Automobile Consumers Union再訳)』であり、一部で日本のラルフ・ネーダー(Ralph Nader)』と呼ばれていた。

そうした動きに対してメーカー側では、消費者運動家たちを危険な扇動者と呼んで壊滅するキャンペーン体勢を整え、逆に攻撃した。マツダ氏とその弁護士達は脅迫』の容疑で逮捕され、最高裁判所へ提訴して反論したが敗れた。


今日では、誰も逮捕される危険を冒してまで大企業と争う勇気のある者はいない。マツダ氏「政府や官僚たちは企業の味方で、消費者を助けてはくれません」と言う。


国立消費者専門家協会(the National Association of Consumer Specialistsの再訳)』の幹部で、欠陥車回収に関する政府の
相談役だったイソムラ・ヒロコ「自動車オーナー達は、こと欠陥車にどう対応するか、という段になると困難な立場に置かれます。『日本自動車消費者連盟』は事実上解散させられ、それ以後(消費者団体は)皆無になってしまったのです」と言う。

政府にしてみると、回収を指示するには、その自動車が、国家が設定した安全基準に沿っていないことを証明する必要がある。その証明をするには自動車メーカーの協力がなくてはできない。従って、メーカー側が自発的に回収する以外、政府が介入する余地がないというのが実情である。

ニューヨーク・タイムズが探索した(アメリカの)運輸省(The Transport Ministry)の記録によると、2001年以来(運転者の)意志に反して加速、またはエンジン回転が急速に』なったトヨタ車が99件報告され、内31件が衝突事故を起していたことが判った。


自動車評論家タカヤマ氏によると「日本の自動車メーカーは、生温い規制のお陰で、突然加速車の欠陥事実に関する報告は、因習的に公式記録に載せないので一般の耳目には届きません。従って、実際の欠陥車数は遥かに多いでしょう」とのことだ。


東京の交通事故調査とデータ分析学会(Institute for Traffic Accident Research and Data Analysisの再訳)によると、2008年、6,600件の事故が起こり、30人が死亡したが、殆ど運転者がブレーキとアクセルを踏み違えたためだと判断され処置されている。 タカヤマ氏突然加速について論議を重ねたが、彼の結論は事故を運転者の過失として非難する習慣は、どんな状況の事故でも当たり前のようになっています」とのことだ。

元日本共産党の法律家で、2002年にこの問題を国会に提出して追求したセコ・ユキコ「規則を作る人達は、自動車メーカーが体面を維持しようとする姿勢に妥協しています」と語る。(左はトヨタ本社)

警視庁の当該の係官は、(上記サカイ夫人の『調書』に関する)ニューヨーク・タイムズ紙の質問に答えて「全ての自動車事故の検証において、我々は常に公正で透明さを旨としているから」と前置きし、運転者の過失だったと告白させようと圧力をかけたことはないと、調書の事実を否定した。では一体誰を非難したらよいのか、日本には検査官がいないのだから、真相を掴むのはまず不可能だ。

日本の組織的な寛容さは、自動車メーカーにも浸透し、アメリカで販売されている自動車にも、或る面での安全基準がしばしば無視されていたようだ。1990年代の初期まで、日本国内で販売される車には、アメリカで安全基準として義務付けられている(車の外壁部に取り付ける)強化バーが付いていなかった。自動車評論家によると、安全性を削った分だけ、自動車メーカーの利潤が増え、それを輸出増進の費用に当てていたのだそうだ。


タカヤマ氏セコ氏のような数少ない自動車評論家が、過去数年来、トヨタや他の日本車が起した突然加速について告発し続けてきた。1980年代の後半に初めてオートマチック・トランスミッション装備が発売された後で、トヨタは電子システム内部の溶接部が損傷し突然加速が起きたたことで5車種のモデルが回収され、綿密に調査されたことがある。


1988年、政府は全国的な調査や試走を発令し、自動車メーカーにブレーキが常に優先してアクセルの加速を抑える安全保証システムを作るよう勧告した。あれから20年以上も経った今月、やっと、トヨタは全ての新型車にブレーキ優先システムを装備することを約束した。


一方トヨタ社の、ガソリンと電力併用のハイブリッド、プリウスは、同社の世界的な回収スキャンダルにも拘らず、2月には最高の売り上げを示し、日本の自動車市場の30パーセントを占める販売量を確保した。

だが将来、日本の戦後における産業優先政策は改善されるであろう。


2009年に交代した鳩山新政府が前進的な政策を掲げ、消費者関連事務局(The Consumer Affairs Agencyの再訳)を新設し、欠陥製品、不良食品、製品の不正表示などに目を光らせることになろう。


新政府の前原誠司(まえはら せいじ)国土交通大臣トヨタ社に対して率直な発言をしている。先週、同大臣は自動車業界の監査を強化し、安全監査官を増加する意向を示した。政府はまた、2007年から2009年にかけて起きたトヨタ突然加速車に対する38件の苦情と、他社の96件の苦情を調査し直すということだ。


トヨタ社側は、未だに日本での突然加速の事実は否定し続けている。


トヨタ社の品質管理のササキ・シンイチ部長は記者会見で「確かに日本で突然加速の事実はありましたが、我々はその都度調査し、車自体には(機械的に)何の問題もなかったと信じています」と答えている。 サカイ夫人トヨタの販売店トヨタ自動車に電話したり、訪ねたりしたが、未だに何の回答も得られないままだ。

トヨタ社イワサキ・ミエコ報道担当は、9月に同社が突然加速事故の苦情を訴える人々に連絡をとったことを確認したが、会社側がどのような対処を行ったかについては全く触れなかった。そして「我々は警察と共に調査に当たり、全面的に協力を惜しまず、我々が判ったことは全て警察に報告しています」とも語っていた。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

ひところ、自動車事故を批判し、自動車を『走る凶器』と呼んだことがある。あの時は、スピード狂の運転者に対して非難を込めていたのだが、車の構造上の欠陥のために事故が起こるとしたら、運転者でなく、メーカーが『走る凶器』を製造販売したことで非難されねばなるまい。