2009年1月16日金曜日

『世相』と『茹で蛙』

北村 隆司 (きたむら りゅうじ) ニューヨーク在住

[筆者は東京出身、1962年早稲田大学政経学部卒、伊藤忠商事(株)東京本社に入社。1965年の初駐在以来、通算26年ニューヨーク本社に勤務、北米機械部門を統括するシニア・ヴァイス・プレジデント(SVP)に就任。その間ハーバード・ビジネス・スクールAMP終了。システム・エンジニアリングを中核とする企業を創設し、結果として1500人を擁する会社に発展。1995年伊藤忠を退社後、幾つかの米国慈善事業団体(NPO)の理事を歴任。]

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『世相比較学会』も2003年に創立以来、満5年を経過しました。『世相』は多くの人々の人生や価値観に大きな影響力を持ちます。その割に世間の注目をあびる事も、研究の対象になる事も殆どありません。辞書を紐解いても、簡単に『世の中の有様』と記述される程度です。今年は、私が『世相』の影響力に関心を持った経過と昨年の感想に就いてご報告したします。

「世相」は外国ボケの病原体
1976年にニューヨークに2度目の赴任をした私は、異国生活で自分の考え方がどの位変るかをテストする為、(1)がん告知の是非(2)陪審制度の賛否(3)日米どちらの医療を信頼するか?の3項目に就いてリトマス・テストを試みました。
独身で駐在した前回と異なり、今回は教会、子供の学校、NPO活動などアメリカ社会との接触が濃厚で、世間から受ける影響の強さは比較になりませんでした。がん告知反対、陪審制反対、重病になったら日本に戻ると決めていた自分のリトマス試験紙は、たちまち変色し、日本的な価値観が音をたてて崩れる自分を実感しました。「外国ボケ」の始まりでしょう。『鈍感』な自分をこれほど早く変える「力」は何なのか?出した結論は「世相」でした。

「茹で蛙」現象とは
「蛙を、温度が緩やかに上がる水の中に入れると、水温の上昇に気が付かず茹で蛙になってしまう。人間は環境に適応できる能力を持っている為、ゆるい変化は、それが致命的なものであっても、受け入れてしまう傾向が見られる」(ウイキぺデイア)と鈍感力の危険性を指摘した学説とあります。

行政訴訟と世相
最近、日本の「行政訴訟裁判」の様相がが大きく変りました。永い間、門前払いが当たり前だった「行政訴訟」で、権力側の敗訴が急増しています。ハンセン氏病、水俣病、薬害被害、原子爆弾被災者問題などの逆転判決は、法律が変った為ではなく裁判官の「価値観」が変ったからです。世相の影響は確実に浸透しています。 日本人でこの変化に気がついている方は、意外に少ないように思います。これは、何事につけ変化のゆるい日本社会の「茹で蛙」現象ではないでしょうか? 

益川教授と外国
ノーベル賞受賞者の一人益川敏英教授は、「英語が出来なくとも、物理は出来る」と肩肘を張っていましたが、ストックホルムでは「英語を知っていると便利だ」と少し軟化しました。そこで、今年のレポートは簡単な英語のテストからスタートし、幾つかのジョークをご紹介したいと思います。

[ジョーク集]
■ 東は東、西は西

和文英訳:次の俳句を英訳せよ。 言うまいと思えど今日の寒さかな 
(回答:You might think but today’s some fish.)

英文和訳:以下の英文を和訳せよ。
To be to be ten made to be.
(回答:飛べ飛べ天まで飛べ)


■ スイスの海軍大臣、日本の経済財政担当相

スイスの海軍大臣がパリを訪問し、大きなパーテイーに出席した。司会者が「スイスの海軍大臣がお出でになりました」と紹介した。フランス人は皆、大声で笑い出した。その時、スイスの海軍大臣は少しも慌てず、「この前、あなた方の国フランスの大蔵大臣が、スイスにお出でになりました。その時、私たちは誰も笑いませんでしたよ。」
(ジョークに解説は野暮だが念のため:スイスに海はない。) 


[考察]爾来フランスも変りました。現在のフランスの大蔵大臣は、独禁法と労働法を専門とする国際的弁護士として活躍したラガルデ女史で、流暢な英語を駆使して危機対策でも國際的な指導力を発揮しています。一方、我が国の与謝野経済財政担当相は、100年に一度と言う世界的経済危機の最中に「増税論議」を持ち出した「特異」な大臣で、前述のジョークにあるスイスに出かけたフランスの大蔵大臣の有力な後任候補です。

■ 財政出動とケインジアン
モスクワの広い通りの真中で二人の労働者が働いている。一人が穴を掘る。もう一人がその穴を埋める。一ヵ所が終ると数メートル動いてまた穴を掘る。もう一人が穴を埋める。その繰り返しである。イギリスの観光客が不思議に思って尋ねた。「何をしているの。あんた達はケインジアンか?」労働者は答えた。「ケインズってなんだ。いつもは三人一組で働いている。一人が穴を掘って、二人目が苗木を植える。そして三人目が土をかける。今日は二人目の苗木の担当が風邪を引いて休んだから二人でやるしかない。」

[考察]日本政府が財政出動に踏み切った事は、正しい判断だと思います。只、国費の無駄では世界で断トツの日本が、定額給付金をばら撒いたり、無駄の元凶である特別会計に手をつけない事から、旧ソ連の「ケインジアン」を思いだしました。日本の財政出動は、最初から苗木を植える係りを端折っているのでは?これは私の勝手な疑問です。

■ 物造り地獄アメリカ
アメリカ人のトムは現在、失業中の身である。朝7時に時計(日本製)のアラームが鳴る。コーヒー・メーカー(台湾製)がゴボゴボいっている間に、彼は顔を洗いタオル(中国製)で拭く。電気カミソリ(香港製)できれいに髭も剃る。朝食をフライパン(中国製)で作った後、電卓(日本製)で今日は幾ら使えるかを計算する。腕時計(台湾製)をラジオ(韓国製)の時報で合わせ、クルマ(ドイツ製)に乗り込み、仕事を探しに行く。然し、今日もいい仕事は見つからず、失意と共に帰宅する。彼はサンダル(ブラジル製)に履き替え、ワイン(フランス製)をグラス(日本製)に注ぎ、豆料理(メキシコ製)をつまみながら、テレビ(インドネシア製)をつけて考える。「どうしてアメリカにはこうも仕事がないのだろうか・・・」 (左:1973年、NewYorker誌から「あれっ、メード・イン・アメリカだよ!」) 

[考察]このジョークは、物造り地獄アメリカの笑えぬ現実です。永年に亘って世界の製造業を牽引して来たデトロイトが殆ど崩壊してしまった事も、昨年の大きな事件でした。現在も止血剤を打ちながらICUに入っているデトロイトですが、アメリカの物造り衰退の現状をジョークでご紹介しました。

日本の信用危機
アメリカ発の金融危機は津波と雪崩れが重なった様な勢いで『信用社会』を襲い信用を完膚なきまで破壊してしまいました。この影響は、想像を超える速さと深刻さで日本を襲います。経済の世界化を実感させる出来事でした。
日本の信用は、<衣食住 すべてそろった偽装品>とか、<社長業 今や問われる 謝罪力>と川柳に詠まれた偽物ブームでも破壊されました。「金融の信用」と「物造りの信用」を二重に壊された日本のモラルの再建は急務でしょう。

■ 新製品が世に出るまでの四段階

先ず、アメリカの企業が新製品を開発する。次にロシア人が「自分たちは同じ物を、30年も前に考え出していた」と主張する。そして、日本人がアメリカ製より高い品質のものを造って輸出し始める。最後に中国人が日本製のものに似た偽物を造る。

[考察]100年前のT型フォードの超時代的な技術水準とウオレン・バフェット(Warren Baffett)が提唱した進歩の三法則[3つのI(Innovation, Imitation, Idiot)]は、昨年ご紹介しが、これに絡んで生まれたのが上記の「新製品が世に出るまでの四段階」です。このジョークに登場するアメリカと日本の役割が交替する日が近いことを期待しています。

■ 金融派生商品時代の農業
「まず、『デリバテリブ(delivertive)』で2頭の乳牛を3頭にし上場会社に売りつける。其の後、『デッド・エクイテイ・スワップ(dead equity swap)』を使って牛を4頭にして買い戻す。次に、政府に6頭分の牛取引の免税措置を講じて貰った上で、牛を『肉』と『ミルク』の二つに分け、6頭分のミルクを受け取る権利をケイマン諸島の系列企業に売りつける。勿論、買い戻す時には7頭分の権利になっている。最後に、全てのリスクはCDSでヘッジ(hedge)されている事をアナリスト(analyst)と格付け会社に伝え、年次報告に『8頭の乳牛を持っている』と記載し、更に『オプション(option)』でもう1頭持つ事も出来ると追記する。」


[考察]原始共産社会の酪農の原則は「2頭の乳牛を持っている農民が、その牛を隣人と一緒に育て、ミルクは皆で平等に分け合っていた」と解り易い単純な社会でした。処が、アメリカの技術革新の矛先が物造りから金融工学に変ると、上記のジョークが生まれます。世界金融危機を誘発したアメリカの悪しきイノベーションです。
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日本の多様文化?
最近ニューヨークの書店の辞書売り場を訪れました。普通の辞書以外に、『外来語辞典』『新語辞典』『カタカナ語辞典』『カタカナ語・欧文略語辞典』『四字熟語辞典』『KY語辞典』等やたらと日本語に関する辞典の多いのにびっくりしました。中には『日本語オノマトペ辞典』と言う『難語辞典』を引いても解りそうもない辞典も見かけました。これは日本語が多様化したのか、日本語が混乱したのか迷った瞬間です。私の『外国ボケ』は直りそうもありません。

指導者への期待
危機は偉大な指導者を育てます。真面目で品行方正、ジョークが作られ難いオバマ大統領の就任を迎える今年は、世界を基本に戻し危機に喘ぐ多くの人々に、感動と勇気を与える政策を期待したいものです。 四川省の大地震、北京オリンピック、世界的経済危機、デトロイトの崩壊、米国史上初めての黒人大統領誕生、4人の日本人が相次いでノーベル賞受賞、偽装食品の横行など昨年は文字通りの激動の年でした。今年こそ、豊かで平和な2009年を願いつつ、「世相比較学会」の年頭報告と致します。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

確かに『のど元過ぎれば、、、』で、我々は大事な教訓を忘れ勝ちです。心しましょう。
よい警告になりました。ありがとうございます、北村さん。