2009年1月26日月曜日

経済危機の禍根:その6 『消費』

消費は美徳なりや?
高橋 経(たかはし きょう); ロスコモン郡ミシガン州
 2009年1月28日

『セールスマンの死』が暗示したもの

「一生に一度でいいから、何か真っ当な器具を持ってみたいよ。私が頼りにしている足代わりの車は、いつでも月賦の支払いが終る頃に故障で動かなくなってジャンクヤード行きだ。冷蔵庫のベルトは始終切れるんで度々取り替えなきゃならない。奴らは計算しているんだ。奴らは月賦の支払いが終る頃に機械が壊れるように計算して作っているんだ。」

これはアーサー・ミラー(Arthur Miller)が、今から60年前の1949年に書いた劇作『セールスマンの死(Death of a Salesman)の中で、初老のセールスマン、ウイリィ・ローマン(Willy Loman)がぼやく独白である。この芝居は、エリア・カザン(Elia Kazan)が演出し、ニューヨーク市45丁目のモロスコ劇場(Morosco Theatre)で2月に公演を開始、上演742回という記録が残っている名作で、その年内にニューヨーク、ドラマ批評家サークルから最優秀劇作の折り紙が付き、ピュリッツァ劇作賞(Pulitzer Prize)と、トニー最優秀劇作賞(Tony Award)も受賞した。
余談になるが、その3年後に映画化されフレドリック・マーチ (Fredric March)が、更に1985年、未だ若かったダスティン・ホフマン(Dustin Hoffman)が、夫々
ローマンを演じて好評を博している。

このドラマの評判はさておき、ローマンの独白の中に2つの問題が提起されている。

一つは『計画的な製品寿命』が巧まれていたたかどうか、単純に判定を下す軽卒は避ける。しかし『物』が売れることによって製造会社は利益を上げ、社員に適正な報酬を支払うことができ、皆が豊かな生活が営み、従って各種の小売店は商品を売り捌いて利益を上げ、、、といった消費経済システムが円滑に循環し、今日までアメリカ社会の経済が
運営され繁栄を享受してきたことは確かである。これがアメリカの繁栄と信じられ『消費』が奨励され『消費は美徳』という言葉さえ広まった源点となる。

もう一つは『月賦販売と月賦購入』の普及である。『物』を買うのに現金が無くても『信用』で手に入れることができるシステムが、1949年には既に定着していた。これがエスカレートして、今日では毎日の食品から器具、家具、そして土地家屋に至るまで『クレジット』で購入できるような経済社会になった。

この2つの現象は表裏一体で、アメリカ人の日常生活で自然な習慣となったことは手放しで喜べることではなく、いとも危険な習慣だったのである。その結果、、、消費者は月賦の払い込みに追われ、高い利息を払わされ、銀行は膨大な利益を上げている。


『消費』の説得
『セールスマンの死』が公演されたのと時代を同じくして、この消費経済の危険性を丹念に調査していた一人のジャーナリスト、ヴァンス・パッカード(Vance Packard)が、世間に警鐘を打ち鳴らしていた。彼は処女作『(結婚)相手の見付け方(How to Pick a Mate)』1946年;次に『動物の知的水準(Animal IQ)』1950年;に続いて1957年に問題作『隠れた説得者たち(Hidden Persuaders)』を発表した。 『隠れた説得者たち』で、パッカードは社会学的な見地から、新聞や雑誌広告をより効果的にアピールさせるために裏付けとなる消費者の購買動機の調査をはじめ、心理的な分析、さらに深層心理の分析、潜在意識を利用した販売計画などの実体を余す所なく叙述した。 といっただけでは、一体何が書いてあるのかさっぱり掴めないであろう。このスペースで、230ページに及ぶパッカードの報告を詳らかにすることは無理なのでその一部をご紹介する。

例えば洗剤の効率について家庭の主婦を対象として3種の洗剤パッケージを与え、夫々の洗浄効果を試用させた。
その結果、主婦たちの報告によると:全体に鮮やかな黄色の第一のパッケージの洗剤は強過ぎ、全体に濃紺の第二のパッケージの洗剤は汚れが残ったが、紺色が基調で黄色いアクセントがある第三のパッケージの洗剤は「良好で」「素晴らしい」効果があった、という一致した採点がもたらされた。実は、3つのパッケージには全く同じ洗剤が入っていたのである。これで洗剤の効果はパッケージ、デザインの印象で決められる、という確証を得た。

例えばタバコの選択について:マールボロー(Marlboro)というタバコをご存知だろうか。メーカーのフィリップ・モリス社(Philip Morris)は、当初女性の喫煙者を対象に宣伝発売したが余り振るわなかった。そこで作戦を変え、野性的な男のイメージを代表するカウボーイの写真を全面に、一連の『マールボロー、カントリー(Marlboro Country)』シリーズの広告を投入した所、販売が爆発的に上昇した。これでタバコの購入動機はイメージが最優先する、という確証を得た。

例えばオープンカー(convertible)の印象について:大方の男性
『愛人(mistress-秘めた恋)』を連想する、という確証を得た。

例えば或る人が発明した『毛生えぬ薬』の販売の可能性について:毎朝ひげ剃りの手間が省けるであろうという思惑は外れた。大抵の男性はひげを剃る行為によって、男性優位の気分を味わっている、という確証を得た。

消費者にツケが廻る宣伝費
こうした例の数々が満載されていた『隠れた説得者たち』は、長期に亘ってベストセラーを続け、間もなく日本語に翻訳されベストセラーを記録した。ただし著者のパッカードは、序文の最後に「この本が、一般大衆の鑑識眼を強化するのに役立てば幸い」と趣旨を強調している。

皮肉にもこの本の核心を熱狂的に評価したのは一般大衆ではなく、企業の経営者や宣伝広告の専門家たちだったのだ。かくして、調査技術は年々向上し洗練され「売らんが為に消費を奨める」熾烈な宣伝販売作戦が巧妙に消費者を『説得』し続けてきた。

宣伝費の予算総額に関する限り、自動車会社は常にトップに立っていた。しかしその販売高との比率となると、一割前後と他の業界より低い。

それに勝るとも劣らない莫大な宣伝費を計上しているのが日常生活用品メーカー、プロクター・アンド・ギャムブル社(Procter and Gamble)である。販売高との比率は30パーセントとなる。言い換えると小売値3ドルの歯磨きを買うと1ドル近くの宣伝費が含まれていることになる。

薬品、化粧品となると、その比率は更に高く、小売値の半分以上が宣伝費だと言っても過言ではない。昔から「薬九層倍(くすり くそうばい)」と言われるように薬販売の利益は洋の東西を問わず莫大である。

大きなスーパーマーケットのチェーンになると、安価な『自店ブランド』製品を『有名ブランド』と並べて陳列している。多くの購買者は、『高価』で『有名』な商品の方が優れている、という先入観で有名ブランドを選ぶ。これは『宣伝』の功罪である。実際には『自店ブランド』と『有名ブランド』の間に品質の差は殆どない。

『使い捨て(disposable)』商品で消費を増大
出費をする側にとって、車とか家財道具は大きな出費だが、一旦それらが整うと、長期間は安泰でいられる。それに比べ、インスタントや缶詰、パッケージ詰めの食料品、ペーパー・タオル、ボールペン、割り箸、その他あらゆるプラチック製品に投ずる出費は目立たないだけに消費者は無思慮に購入する傾向がある。『使い捨て』商品はメーカーにとっては最も有効にして継続した収益源になる。
ただし、プラスチックは永遠に分解しないから環境破壊の元凶の一つに挙げられている。最近では毒性さえ発見されている。要注意!


電化製品は1960年頃までは『耐久商品』だった。ラジオ、テレビに真空管が使われていた頃は、切れた真空管を取り替えれば生き返った。どんな真空管でも近所のドラッグ・ストアで簡単に購入できた。ラジオ修理店も商売として成り立っていた。電化製品の構造がハイテクになるにつれて修理費も高騰し、しばしば新製品を買った方が修繕するより安上がりという『使い捨て』商品に転身した。こんな体験は誰でも一度はしている筈だ。これはメーカーにしてみれば思うツボで、保証期間を延長させて別途の料金を徴収する仕掛けになっている。

テレビと言えば、来る2月17日以降、全国一斉にアナログからデジタルに切り替えられる。これは一概にメーカーの陰謀とは極め付けられないが、まだ立派に使える従来のテレビ受像機でも遠からず葬り去られる運命にある。

『アップグレード』という名の販路拡張戦略
1950年前までは78回転のレコードが一般に定着していた。その後、45回転のドーナツ盤と33回転のステレオLPレコードが主流となり、暫くは3スピードのプレーヤーで満足していた。1980年代には、デジタルCDがアナログ・レコードを完全に追放してしまった。今日では、そのCDもMP3とかiPodなどの出現で絶命の一途を辿っている。その都度我々は新しいシステムに見合った器具を買う羽目になる。

パソコンが出始めた1983年頃は『メガバイト(MB)』、『ハード・ドライブ(HD)』という言葉は無かった。性能は急速に向上し、2003年頃までの20年間、消費者は半年に一度は『アップグレード』を余儀なくさせられていた。今では『ギガバイト(GB)』を通り越すほどの記憶量を競っている。この傾向は消費者にとっては恩恵で、性能が飛躍的に向上したにも拘らず、価格が初期の半値以下になったからだ。それに消費者レベルのソフトもハードも充分に満足できる性能に達したので、しばらくは『アップグレード』する必要はないであろう。

消費者の満足は皮肉にもメーカーの販売不振につながり、最近ソフトの巨大企業マイクロソフト(Microsoft)やインテルは業績が悪くもないのに事業を縮小した。コンピューターやハイテク・メーカー達の試練はこれから厳しくなるであろう。


『消費』は悪徳

『消費』が美徳か悪徳か、利益を追求するメーカー側にしてみれば『消費』は必要欠くべからざる『美徳』であろう。購買者の側にしてみれば「お買いなさい、お得ですよ」という甘い宣伝文句の連呼に説得されて、要りもしないモノを衝動的に買ってしまう誘惑という『悪徳』に敗れる。
我々は今後も衣食住の面で必要程度の消費は免れない。衣類は古くなれば着るに耐えなくなるだろう。食料は生命と健康を保つに必要なだけ消費せねばなるまい。住居は住み心地を快適に維持しておかねばなるまい。

だが、無駄な出費は慎むに越したことはない。
もし無駄遣いがしたくなったら、その分、世界中で争いや飢えに苦しんでいる人々に恵んであげる余裕を持てば、自らも救われるであろう。

日本には古来から伝わる『質素倹約』という誇るべき美徳があることをお忘れなく。

(告白:1953年頃『隠れた説得者たち』を初めて読んだ時、著者の意図に気が付かぬまま宣伝広告の世界に傾倒し没入し、以来40年余り消費者を惑わす作業に熱中してきた。いささか遅過ぎた感はあるが、深く反省し、その過去の償いをしたいと心掛けている今日この頃である。)
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この稿で『経済危機の禍根』シリーズは一旦終了いたします。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

新聞や雑誌広告、そしてテレビ、ラジオから聞こえてくる宣伝文句、コマーシャルだと知りながら、いつの間にか頭のどこかにこびりついています。だから、何か買う時の判断は、潜在意識のコマーシャルで選択を決めてしまうようです。我々は無意識の内に洗脳されていたのかと思うと、恐ろしくなります。