2009年1月23日金曜日

経済危機の禍根:その5

北村隆司(きたむら りゅうじ):ニューヨーク市
2008年12月26日


アメリカを金融危機に陥れた犯人は誰だ?

社会を揺るがす事件の後、犯人探しが始まるのは時代や国境を越えた人間社会共通の性癖である。米国では上下両院揃って、次々に証人を呼び出し激しい聴聞を続けた。この公聴会は毎回4-8時間続き、充実した議会スタッフを駆使して調べ上げた証拠に基き、言動の矛盾を突いたり、犯罪性の有無を厳しく問う内容は迫真に迫るものであった。議会聴聞会を公開し、全米にTV放送するアメリカの透明性は日本も見習うべきであると思う。

ブッシュ政権はイラクの侵略で始まり金融危機を世界にばら撒いて退任した。長い、無駄な8年だった。金融危機の犯人として、多くの人が金融派生商品を挙げるのはアメリカも同様である。まさか100年に一度と言われるほど大きな問題になると予想した人はウォレン・バフェット(Warren Baffett)以外危機の起こる直前でも殆ど居なかった。

世界一の富豪バフェットは、2002年の株主報告書で「今でこそ隠れた存在になっているが、急増しつつある金融派生商品は将来金融の大量破壊兵器として壊滅的な被害を及ぼす可能性を秘めている」と警告し、派生商品には一切手を出さないと宣言した。巨額な資本を運用しながら、永年に亘って株主に年間20%以上の利益をもたらしてきた名投資家が、世界に516兆円を超える損害をもたらした派生商品の危険を、6年も前から予見した重い発言である。

テレビ局も工夫を凝らした犯人探し番組を制作し、CNNは『金融危機を引き起こした10大容疑
者リスト』を作り、夫々の罪状を詳報した。この番組で挙げた個人犯のトップ5は、大損害を世界にばら撒いた人物でありながら日本での知名度は極めて低い。

  
1 ジョセフ・カッサノ(Joseph Cassano)AIGの金融商品事業本部長:CDSを乱発して会社を国の管理下に追い込んだ張本人。10数年間でAIGから得た報酬は300億円を超え、責任を問われて退職した後も月額1億円強の顧問料を受け取り、議会で大問題となった人物。

2位 リチャード・フルド、リーマン・ブラザース会長(Richard Fuld; CEO Lehman Brothers):倒産したリーマン・ブラザースで永年に亘り君臨した億万長者。リーマンから得た2007年度の報酬額は50億円を超え、リーマンの倒産で失った個人資産は600億円を遥かに超える。

3位 クリストファー・コックス現証券取引委員会委員長(Christopher Cox; Chairman, The Security and Exchange Commission):南カリフォ
ルニア大学からハーバード,ロー・スクール(Harverd Law School)とビジネスス・スクール(Business School)を同時に卒業した秀才。弁護士から下院議員を経て委員長に就任、アメリカ証券委員会は警察力も持つ強力な機関でありながら、規制を嫌うブッシュ政権の意向を受けて放任政策を行ったと集中砲火を浴びた。

4位 フィル・グラム前期テキサス州選出共和党上院議員(Phil Gramm; formerly Republican Senator of Texas):徹底した規制反対派。経済学者でもある同氏は上院議員時代の影響力も強く、放任行政の影の責任者といわれる。

5位 アラン・グリーンスパン前連銀総裁(Alan Greenspan; formerly chairman of the Federal Reserve Bank):1987年から2006年迄の20年近く連銀総裁を勤め、インフレを防ぎながら米国の成長の舵取りをした神格的連銀総裁。議会で危機の責任を追及され、金融政策の正当性を主張しつつ『ベスト・アンド・ブライテスト(学校成績が最高の俊才)の集る金融界を信用していたが、これ程強欲に走るとは思わなかった。規制無用論の信念は揺らいだ』と証言した。

組織として指名された5大犯人は
  • 1位 證券取引委員会(The Security & Exchange Commission)
  • 2位 連邦準備銀行(アメリカ中央銀行: The Federal Reserve Bank; The Central Bank Autonomy) 
  • 3位 米連邦住宅抵当金庫及び米連邦住宅貸付抵当公社(The Federal Home Loan Mortgage Corp. & Federal National Mortgage Association)
  • 4位 格付会社(The Credit Ranking)
  • 5位 アメリカ国民(過剰消費の罪)

今後は如何するべきか?松下幸之助の崇拝者である私は、経済の新秩序は企業理念の見直しから始めるべきだと考える。1932年に翁が『産業人の使命』として述べた経営理念、世に言う『水道哲学』で:

「社会の公器である企業は、広く満天下から人と物と金を預かっている。本来社会のものである人、物、金を預かっている限り、あくまで社会と共にある。
この意識を忘れて企業だけの独走は許されない。松下電器の経営の基本は、社会の公器として広く社会に奉仕し、貢献する事を第一義とする。産業人の使命は、社会より貧を救ってこれを富ましめる事である。宗教、道徳による精神的安定に加えて、例えて言えば、水道の水の如く、安価にして無尽蔵な物資の供給を行う事により、初めて人生の幸福が実現する。」 

と述べられた。幸之助翁と投資王のバフェット氏の企業理念が殆ど一致していると言う事実は興味深い。グローバル経済は当然の時代の流れだが、ビジネスモデルが効率一辺倒に傾き、理念が欠如していた事が今回の危機の根底にある。常識を無視して知識やデータを過度に重視し、理念を担保する規準も法律も無かった事も混乱に拍車をけた。グリーンスパン前連銀総裁が反省したように、自主規制だけでは機能しない。しかし、経済活動を法律や規制で強化するやり方には所詮無理がある。規制は最小に抑え、國際規準の強化を選択すべきであろう。

緊急に具体化を検討すべき項目として、
  • 金融派生商品[定義で揉める事は確実だが]の取引は相対取引は禁止して取引場経由とする事。
  • 先物を含め、実物取引以外の取引には全て「取引税」を賦課する。
  • 所有権の変換を伴わない空売買には「取引税」に加え、証拠金を引き上げる。
  • 金融機関はグラス・ステーガル法(The Glass-Steagall Act)以前に近い状態に戻し、綜合金融サービス業モデルを見直す。
  • 格付け会社が證券その他財務商品の発行企業から所得を得る事は禁止。
  • 格付け方式の大幅見直し(松下経営理念に沿い、企業は株主の私物ではなく社会の公器と言う立場から夫々のステークホールダー(Stakeholder)への貢献を評価し、投機度も公表する)。結果として時価評価は大幅に変り、中国やインドなどの企業の評価も環境に対する評価が低いと時価が下がり、外資の導入の壁が高まる)。
  • 経営者の報酬審議会のメンバーは、公器としてのステークホールダーの代表者をもって構成する。但し、原則として政府や公的機関の代表は除く。
  • ペンション・ファンド(Pension Fund)等、不特定多数の人間の資産を預かる機関が、ヘッジ・ファンド(Hedge Fund)等の投機性の高い企業へ投資は原則禁止。
  • 租税回避地との全ての取引(財の移動)に各国が平衡税を賦課する國際協定の締結。
  • レベレッジの上限設定の國際協定の締結。

、、、等を考えながら2009年を迎えた。

日米の金融危機ーー他人依存か、独立自尊か?

先進各国が必死に戦っているというのに、日本はいまだに「米国発の危機のとばっちりを蒙っている」と他人事の様な評論が聞かれる現状は残念だ。つい数ヶ月前に資源高で商社や鉄鋼メーカー等が史上最高益を更新し、自動車メーカーが米国市場の好業績で潤った事も米国の過剰流動性の恩恵だった事を忘れるべきではない。

100年に一度と言われる危機の最中、毎夜レストランやバーで駄弁りまくる首相の動静を新聞で読むにつけ「睡眠時間を削って金融危機対策に没頭している」と次期財務長官を息子に持つ知人の話を聞いて、私はアメリカを羨ましく思った。日本の国費の無駄遣いや政治の無策は恥ずかしいレベルを疾っくに超えている。政策を忘れ、政局一辺倒の日本の政治制度が生み出したのが『定額給付金』や『派遣労働者法』と言うお粗末な愚作である。

然し、日本にもボランテイアー運動に触発された国民の政治への参加と言う希望が見えて来た。「阪神、淡路対震災」が発祥した1995年の1月17日が『ボランテイア元年』として新しい日本の夜明けになったのかも知れない。
天災の被災者支援活動が主であったボランテイアー活動が、人災にも動員されたのが今回の特徴である。『年越し派遣村』を組織したNPO(Non-Profit Organization)法人の湯浅事務局長は、竹中の「日本には絶対的な意味での貧困は存在しない」という発言に噛み付いて有名になったが、ミクロの湯浅、マクロの竹中とは視点が違うだけで二人の考えは案外共通の様に感ずる。是非、鳩首協議して具体的な提言をして欲しい。

OECD (Organization for Economic Co-operation and Development)の國際比較統計を見ると日本の経済環境は最悪で、累積債務はGDP (Gross Domestic Product)の171%で断然トップ、法人税は世界最高率、生産性は最低、一般会計の数倍に及ぶ透明度ゼロの特別会計など雇用と経済の阻害要因が続く。これが日本の対外評価を低くしている要因だ。法人税減税による雇用増、所得税減税に依る消費拡大は先進国の常識である。定額給付金は中止して、緊急雇用対策に廻し、早急に再生可能エネルギー技術開発などの新時代インフラに財政出動させ、本格的な長期経済浮揚対策を講じて欲しい。

世界的な危機に直面する度に欧米先進国に引き離される日本の立ち遅れを見ることは辛い。今回の経済危機を機会に経済、財政、金融、税制など日本の本質的な改革と永続的経済政策を策定する事を期待して止まない。

勉強も努力もせず、政局一辺倒の日本の政治制度が生み出した危機対策の目玉商品が、定額給付金では情けなさを通り越して憤りさえ感ずる。

日本はバブル景気の破裂で、硬直した社会制度の弱さを学んだはずだった。それにも関わらず
危機の理由を他人の所為にしている限り、将来の危機を防ぐ事は出来ない。

薬剤と金融工学商品のデリバテイブは功罪半ばする点が共通だと思う。薬品が売り出されるまでの過程と金融工学商品のそれとは臨床試験の厳重さに大幅な違いがある。
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次稿は、『消費は美徳?』をお伝えします。

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

金持ちの欲望、、、「もっと金が欲しい」という強欲さを知るにつけ、背筋が寒くなる思いです。世界中に何百万人もの老若男女が貧困に苦しんでいるのは、金持ちの強欲の犠牲となったからでしょう。彼らを法的に制裁することができないのも、歯がゆい限りです。テロリストが貧困者たちに代わって制裁を加えているのでしょうが、犠牲者は一般市民で、金持ちは常に安全地帯に避難して無傷です。