2009年1月22日木曜日

経済危機の禍根:その4

自動車産業、その未来
高橋 経(たかはし きょう) 2009年1月22日

[『その台頭』、『その驕りと低迷』から続く最終稿]

ビッグ3の経営方針
一言にして『利益優先の短期計画』に尽きる。経営陣は株主の顔色をうかがい、将来のことより『今期の販売成績』の線グラフの上下に一喜一憂しているのが実情である。車の売れ行きが悪くなり、在庫が増えると操業を短縮し、平然として工員を無期限にレイオフする。排気ガスの公害が叫ばれても「科学者の過剰反応」と決めつけ、都会の慢性的な交通渋滞は道路公団の管轄で自動車製造会社の責任は全くないと言い逃れる。

1973年のオイル・ショックで経済小型車を作って見せたが、日本車を含む輸入小型車の品質には遠く及ばず、1980年、石油危機が去るや否や、クライスラーのドッジ部門(Chrysler Dodge Division)からミニ・ヴァンが登場した。それまでステーションワゴン(日本ではライトバンと呼んでいる)では物足りないが、従来のヴァンでは小回りが利かない、大き過ぎてガレージに納まらない、装備が味気ない、と敬遠していた家族主体の消費者層に受けた。何のことはない、日本では既に出回っていたヴァンのサイズだったのだが、その車種は輸入禁止でアメリカ市場では皆無だった。偶然か盗用か不明だが、当時日産が製造販売していたヴァンと同名の『キャラバン(Caravan)』と名付けられた。

ドッジ部門のキャラヴァンの成功は、忽ち他社の追随を許す発端となり、フォードからアエロ
スター(Aerostar)が、シボレーからアストロ(Astro)が誕生し、『バンドワゴン』ならぬミニヴァンに乗り遅れるな、とばかりの製造販売合戦が始まった。そして、これがスポーツ・ユティリティ車(Sports Utility Vehicle: SUV)の分野に発展してブームを巻き起こしたのである。(右の写真) それまでSUVは『男臭いクルマ』というイメージだったが、逆にそのイメージが多くの女性客を魅了した。少なくともこの時期、ビッグ3の業績は安泰で、経営陣は100万ドル単位の報酬やボーナスを甘受していた。

驕る自動車メーカー、久しからず
それから20数年というものブームは続き、人々は『石油危機』という言葉すら忘れていた。2008年春、第二波エネルギー・ショックの体験は衆知の通りで、今回はガソリンの不足より、急ピッチの値上がりが消費者の懐を直撃した。SUVのドライバー達は、今更ながらその車種の燃費の悪さに愕然とした。ディーラーのショールームにあった新車、殊にSUVの売れ行きが日毎に落ちていった。それでもビッグ3の間では、間違いなく売れるであろう『電気自動車』は禁句になっていた。(下図、NEWYORKER誌から)
ブッシュ政権が退陣する間際、ビッグ3の財政状態は極端に破産寸前に落ち入り、各社の会長3人が議会に陳情して500億ドル(約5兆円)の借金を請願したニュースはまだ耳新しい。その背後でUAWがビッグ3を救うべく議会の圧力団体として控えていたことも見逃せない。それに対応した議会の面々の多くは、会長たちの請願に冷淡だった。それは、誰もが、ビッグ3の経営方針に懐疑的で将来の見込みが明確に掴めず借款が焦げ付く恐れが充分にあったからに他ならない。

短命だった電気自動車
話題は遡る。第二次世界大戦が終って以来、ロサンゼルスを中心とした南カリフォルニアは年々空気の汚染が酷くなり喘息や肺疾患の患者数が他州より群を抜いていた。1968年、堪り兼ねた州政府が『排気汚染ゼロ』を目指し、カリフォルニア空気管理委員会(The California Air Resources Board: CARB)を設立し厳しい大気汚染規制を公示した。

そんな動きを意識していたかのように、GMサターン部門(Saturn Division)の技術者グループが、量産車の計画とは別に電気自動車の開発研究に励んでいた。これはGMの技術水準が先進していることを世界に示そう、
というのが主な目的だった。研究陣は一丸となり、1996年遂に『EV1』と名付けられた完全な(ガソリン併用のハイブリッドではなく)電気自動車を完成した。(右の写真) 量産にする前に限定数だけ生産し、試験的に南カリフォルニアに住む限られた人々にリースした。その中には、人気俳優のトム・ハンク(Tom Hank)、メル・ギブソン(Mel Gibson)等も含まれていた。
電気自動車に半ば懐疑的、半ば新しモノ好きの好奇心でEV1をリースしたドライバー達は、その静かな動力、充分な加速力、単純な稼働部品、に惚れ込んだ。唯一の弱点は、160キロ毎に充電しなければならないので長距離旅行には難があった。しかしそれは現行のガソリン・スタンドのような充電ステーション網が全国に設置されれば解決する問題だった。

環境問題の解決と相俟って、この動きに同調したフォード、トヨタ、本田の各社が同様な電気自動車を試験的に提供した。そうした傾向を熱い目で観察していたGMの経営陣はジレンマに落ち入った。何故?電気自動車が将来の主流となり爆発的に売れたら、、、利潤の大きい高級車や目下人気のSUVの売れ行きが下火になる。そればかりか、裾野が途方もなく広い自動車業界の部品製造会社の大半が不必要な存在になり、倒産、失業に追い込まれるという事態が見えてきたからだ。狼狽した経営陣は、電気自動車の計画を破棄することに決定した。直ちに議会に働きかけ、『倒産、失業問題』を強調し、カリフォルニアのCARBが規制する『排気汚染ゼロ』は過酷すぎると訴えた。
時の大統領ブッシュの関心は環境問題より企業温存が優先していたので早速CARBに圧力をかけた。時に2004年4月26日、CARBはやむを得ず『その筋の知識人』を議長に据え聴聞会を開き「消費者の大半が電気自動車に関心がない事実」をデッちあげ『排気汚染ゼロ』法案を破棄することに成功した。
時を移さず、GM、フォード、トヨタ、本田の各社は足並みを揃え、リースしていたドライバー達の抗議を無視し、全ての電気自動車を回収し、文字通り粉砕してしまったのである。(左の写真)

替交エネルギー
束の間の明るみから闇へ葬り去られた電気自動車は、完全に消えたわけではない。消費者運動は静かに黙々と、科学者や技術者は地道にコツコツと、替交エネルギーを探索している。燃費のよい車を作ることに反対はしない。それで節約できる燃料は微々たる量でしかない。ガソリン/電気を併用するハイブリッドは、石油会社を温存するための当座の間に合わせに過ぎない。究極の目標はガソリン依存の生活と縁を切ることにある。

それでは自動車産業はどうなる、それに伴う失業問題はどうなる、と反論されるであろう。今の所明確な答えはない。そしてそれはオバマ新政権の課題でもある。私たちにできることは、無駄な運転を慎み燃料の節約に努め「電気自動車に関心を持って」いることを表明し、「消費者の需要がないから」という通説を妄言として葬ってしまうことだ。

公共の乗り物を見直す
アメリカ人が自動車に熱狂する以前、アメリカ大陸は東と西が鉄道で結ばれ、大いに利用され
ていた。自動車の便利さは人々を鉄道から遠ざけた。『自由』を尊んだ20世紀初頭のアメリカ人たちは、A地点からB地点まで、何時でも、独りでも、行ったり来たりできる『自由』を謳歌し、生活に定着した。

一方死んだと思った鉄道は、どっこい未だ生き永らえている。空の旅が一般化した今日でも、一部のアメリカ人は鉄道の存在を支持している。問題は、自動車産業が巨額を投じて高速道路網を縦横に張り巡らして鉄道の進出を阻んでしまったため、鉄道の利用は不便を極めている。

他方、ニューヨーク、シカゴ、サンフランシスコといった大都会では公共の乗り物が発達しているので、住人は自家用車を持つ必要がない。逆に車を持っていると駐車が不便で交通渋滞に巻き込まれるという『不自由』が起こっている。その点、日本は鉄道天国、自動車地獄だと言えるであろう。

曲がり角に立つ自動車産業
フォードのT型モデル以来、自動車産業は『量産し多量に売る』ことに熱中してきた。1950年代には『一家に一台』を達成し、1960年代以降『一家に二台』から『多様性』そして『より大きくより強く』また『2年毎の買い替え』を推進して車を売りまくってきた。その結果、アメリカ中の都市周辺は交通渋滞が慢性化している。彼らが抱えている最悪の問題は、供給が需要を遥かに上回ってしまった『生産過剰』で、それをどう解決するかに尽きる。車が売れないのは燃料危機でもなければ、輸入車攻勢のためでも、経済危機のせいでもない。

自動車産業が直面している今後の問題は、『買い替え』の需要に応じられるだけの規模に縮小することだが、それををためらっているのは、部品メーカーの倒産、300万人を超える失業は避けらないからである。

「捨てる神あれば拾う神」もいることだ。新時代に即した環境に優しい産業が生まれる時期が到来していることを自覚し、今こそ自動車産業は腹を据えて体質改善をする時である。
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(自動車産業シリーズ、終わり。次の寄稿は、日本の自動車産業を違った観点から見た『見えざる手』です。)

1 件のコメント:

JA Circle さんのコメント...

大変な世代に生きていると思います。でもこの難関を乗り越えたら、違った意味での繁栄が得られるでしょうね。国家の政治や企業の思惑に頼らず、我々も地道にこの地球を大切することに努力します。